前立腺がん
疫学と背景
日本人の前立腺がん罹患数はこの40年間で約30倍に上昇し、現在では肺がん、胃がん、大腸がんと並ぶ男性の主要ながんの1つです。前立腺がんの罹患リスクには、人種、家族歴、生殖細胞系遺伝子変異等の先天的・遺伝的要因が知られています。また、急速な罹患率上昇には、社会の高齢化、PSA検査の普及とともに食生活、運動、肥満等の後天的要因が関与も示唆されています。
前立腺がん罹患数は増え続け、2018年は92,021人となり、すべての男性がんの16.5%を占め(男性がん罹患総数558,874人)、部位別にみると男性のがんの中で前立腺がんの罹患数は我が国で第1位です。本邦における前立腺がん罹患数は今後も増加し、2030~2034年には174,410人に達すると予測されています。高齢化社会の日本では注意すべき悪性腫瘍と言えます。
遺伝的要因
アジア人では白人や黒人に比べて前立腺がん発症リスクは低く、様々な悪性腫瘍の中でも前立腺がんは遺伝的要因が最も高いと言われています。前立腺がんの家族歴がある男性では前立腺がん罹患リスクは高く、若年で発症しやすいという特徴が指摘されています。生まれつきの遺伝的要因とされる生殖細胞系遺伝子変異としては、BRCA変異が良く知られており、最近の薬物療法に活用されています。
前立腺がんを誘発する環境ならびに後天的因子
食生活、喫煙、運動、メタボリック症候群、肥満等が指摘されていますが、ほかの泌尿器がんと比べて、これが直接因子という観点からは断言しえるものではありません。しかしながら、従来、欧米諸国に比して我が国では前立腺がん罹患率が低かったことを考えれば、食生活の影響は否めません。生活習慣を改善することが前立腺がんの予防に有効と言えます。
前立腺がんの診断
腫瘍マーカーPSA
前立腺がんの腫瘍マーカーである前立腺特異抗原(prostate specific antigen; PSA)は治療効果判定に用いられるだけでなく、PSA検査を用いたスクリーニングにより、前立腺がん死亡率を有意に低下させることは証明されています。健康な人のPSAはおおよそ2ng/mL以下です。加齢にともなう前立腺の肥大や炎症により増えることがあり、一般的に4ng/mL以下が標準値とされています。しかし、前立腺に異常があると血液中に大量に放出されて濃度が高くなります。
PSA値は加齢によって上昇します。年齢階層別PSAとは、年齢毎にPSAの基準値を定めたものです。50~64歳は3.0ng/mL以下、65~69歳では3.5ng/mL以下、70歳以上は4.0ng/mL以下が正常値として推奨されています。他の臓器の異常では数値は変わらず、前立腺の異常にのみ反応することから、前立腺に特異的な抗原といわれています。前立腺がんでも数値に反応が出やすいことから、前立腺がんに対する精度の高い腫瘍マーカーとして使われています。血清PSAが上限を超えた場合は、泌尿器科専門医にご相談の上、前立腺生検を行うことが望ましいと考えます。この前立腺生検による病理学的診断をもって、前立腺がんの確定診断に至ります。
前立腺生検
生検を行いますが、これは麻酔下に超音波を肛門から挿入し、経直腸的に(直腸を介して)前立腺を観察しながら、前立腺に対して満遍なく12箇所、MRI等でがん病変が疑われる部分に標的生検を加えて、12-15箇所生検するものです。しかしながら、微小ながん病変の場合、生検を施行する泌尿器科医の熟練度によって正診率は異なる点が診療上、問題となります。
MRIの画像所見と最新鋭の超音波検査機器で微小血流を確認しながら、生検を行います。本生検は当クリニックでは日帰りで行っています。
病期診断
前立腺生検によってがんが確定した段階で、病変の広がりを評価することが治療方針決定の上で最も重要と考えます。原発巣すなわち前立腺を含めた骨盤内の評価においては骨盤MRIで十分であるが、前立腺がんが進行した場合は90%の確率で骨転移を来すため、骨シンチグラフィを行うことが必要です。全身のリンパ節や他臓器転移等を鑑別する意味でも胸腹部CTも必要です。こうした画像診断所見をまとめて、最終的な病期診断に至ります。
治療方針
限局性前立腺がんと進行性前立腺がん、また進行性前立腺がんでも転移の有無によって治療方針は大きく変わります。
限局性前立腺がん
治療法は手術(ロボット支援手術)、放射線治療、薬物療法に分類されますが、患者様のパフォーマンスステータス(生活の活動性や全身機能の状況)や価値観、年齢、リスク分類(PSA、原発巣の進行の程度、Gleason scoreが示す悪性度)によって、治療方針も様々であり、一括りに出来ないのが率直なところです。個々の状況をお聞きして、説明させて頂きます。
進行性前立腺がん
転移が無い場合、どのような治療方針をご希望されるか等をお聞きして、なるべくお考えに合致する治療方針を提示していきたいと思っていますが、患者様の望む治療と客観的に考えた治療方針が一致しない場合もありますので、良くご説明させて頂きたいと考えています。基本的には手術が可能であれば、ロボット支援前立腺全摘除術に拡大骨盤リンパ節郭清を行い、内分泌療法を加えるか、放射線治療と内分泌療法の複合療法となります。
一方、転移をともなう進行性前立腺がんとなると、薬物療法を中心に治療法を考えることとなります。さらには、内分泌治療を行っていて再発した去勢抵抗性前立腺がんになると、さらにその選択肢は熟慮して決定することが必要と考えています。個々の状況によって選択肢も異なりますので、お話を伺いたいと考えています。